飛び降りていないことの証明

つつがなく世渡りさえこなせれば

テキレボ2感想 (2) 当日企画のこと

※書き終えて、付記。

 この頃、膨大な量の報告書を延々とチェックする仕事ばかりしている。どうもその文体が、そのままこの記事に出たきらいがある。やけに堅苦しい部分はそのせいである、と言い訳をしておきたい。怖いことないよ。
 というわけで、いろんな企画に出展者として参加して、あるいは一般参加者と同じように回ってみてのとりとめない感想です。

■無料配布スタンプラリー

 用意したペーパーを、たくさんの方に渡すことができました。配る側としても、もらう側としても、声をかけるきっかけができてよかったです。
 これは私の良くない性質なのですが、お金を払うなら失敗したくないという思いがどうしても働くのです。絶対に自分好みだという直感や情報がないと、 なかなか新しい作品に近付けません。それで、いつも同じ作者さんの作品ばかり買うことになってしまいます。
 この企画のおかげで、「全く知らない作者さんだけど……あまり馴染みのあるジャンルじゃないけど……もしかしたら苦手なタイプの話かもしれないけど……でも、何か気になる」という作品に、手を出すことができました。
 配布していて感じたのですが、スタンプラリーが行われていることを知らない方が多かったです。当日、会場での告知がもっとあっても良かったように思います。

■300SSポストカードラリー

 多めに用意したつもりのカードが、終了時には残り2枚になりました。カードの内容について、ブースに来てくださった方と会話をするきっかけにもなりました。
 年賀状で使うようなインクジェットハガキ用紙に自宅のプリンタで印刷したものだったので、ちゃちに見えるかな? と少し心配していたのですが、結局当日は気にせず楽しみました(受け取ってくださった方はどう思われたでしょうか……)。他の方の作品を集めてみると、まず第一印象で、ポストカードとしてのクオリティがすごく高かったです。どぎまぎしました。
 大きさが揃っているものを集めていくのは、普通の無配とはまた違うコレクション感があっておもしろかったです。後で整理するのも楽でした。同じテーマ、基本的に同じ仕様で作品を作っているのに、似たものが出てこないのも楽しいなと思いました。 
 こちらも、企画を知らずにブースに来られる方が多かったです。当日、会場での告知がもっとあっても良かったように思います。

■鳥散歩

 ゆるゆると、でもイベントの序盤から最後の方まで、鳥散歩マップを手にした方が訪れてくださいました。自分は決してお喋りが得意ではないですし、特別に鳥マニアというわけでもありません(鳥が出てくる小説の数は意外と多い)。ですが不思議と、鳥散歩で誰かに来ていただいたとき、鳥散歩で他の方のブースにお邪魔したときは、話が弾んだように思います。
 参加した企画の中で、本の売り上げに一番貢献してくれたのは、実は鳥散歩だった気がします。二言三言の会話があって、「じゃあこの本を買ってみます」という流れにつながりました。自分からも「こういう鳥作品が収録されています」という形でおすすめがしやすかったです。
 私のブースでフクロウの話をしてくださった方に、フクロウの小説が載っている本をおすすめすればよかった! と後になって思いました。反省です。でもたまたま、その本をお求めいただいたような記憶があります。だとしたら、鳥が導いてくれたのでしょう。

■みん☆コマ

 これはサークル参加で自分の席にいる時間が長かったせいだと思うのですが、ほとんど目にする機会がありませんでした。会場内を歩いていても、どうしてもブースや本に注目するので、自然と目に入る感じではありませんでした。例えば休憩スペースからならディスプレイがよく見えた……のかもしれません。告知のアナウンスもあったのかもしれませんが、気付きませんでした。
 他のサークルさんがどんな形で宣伝しているか、気になっていたのですが、じっくり見る時間はありませんでした。残念です。
 あと、自分は参加していませんが、ストリエの展示も見ることなく終わってしまいました。入口近くにあったのでしょうか?

ポエトリーリーディング

 気になっていたのですが、一人参加だったので長時間ブースを離れることができず、でもちょこちょこ覗くという見方はできました。別室開催ではなく、開放型のステージだったおかげです。見たい人は気軽に見に行きやすく、見ない人にはあまり気にならない、ちょうどいい距離感のステージだったように思います。
 泉由良さんの朗読を、本当に一部だけ(最後の演目の一つ手前だったように思います。曖昧でごめんなさい)ですが、聞けました。朗読を聞き慣れていないので、こういう、何と言うか、聞く人を居心地悪くさせるような、逃げ出したくさせるような舞台もあるのか、と動揺するような気持ちになりました。後で由良さんにお会いできたので、そういう言葉の悪い感想をお話ししました。すみません。でも直接お伝えできる機会があって良かったです。

■うぉんうぉーラジオ

 懇親会の途中まで残っていたので、聞くことができました。おもしろいですね、公開収録。お話が達者で、ああ、楽しいイベントだったなぁ、という余韻にひたることができました。ひたりながら、お菓子食べまくりでしたけども。

 ――というところで、ひとまず以上です。書き落としがあったら追記するかもしれません。また、感想(3)があるとしたらいわゆる戦利品に関するものになると思うのですが、書くか書かないかわかりません。お疲れ様でした。

テキレボ2感想 (1) 自分のブースのこと

■ラッキーバッグについて

 おわびから。ラッキーバッグと『投げたボールは戻ってくる』を同時にお求めになった方の一部に、同じ作品が掲載されている旨のお知らせが漏れてしまいました(Webカタログには記載していました)。もし読んでみて「あれっ?」と思われた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。
 ラッキーバッグ、用意してよかったな、と思いました。「ためしに」と買ってくださる方、他の本と一緒に買ってくださる方、たくさんいらっしゃいました。どれか一冊でもお楽しみいただけますよう。
 初めてのテキレボ、初めての純文学カテゴリでの出展(文学フリマには「短編」カテゴリがあったので、いつもそれで登録していました)でしたが、予想していた以上に多くの人に本を手に取ってもらえました。ちょっとびっくりしたくらいです。ありがとうございました。

■ブースについて

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 いつもはブースの装飾にはあまりこだわらないのですが、今回は一ブースが幅90cm×奥行90cmだということで、ずっとやりたかったことを実現できました。それは……、

1. 手荷物置き場を設けたい!

 お買い物側の机上に、何も置きたくない! 空けておきたい! ついに実現できました。
 というのは、自分がお買い物に回るとき、必ずもたついていたからです。いくつものブースを順々に巡る。本やペーパーが手に溜まっていく。でも買い物のためには財布を開けてお金を出さなくてはならない。結果、せっかくの本を落としてしまったり小銭を床にばらまいたりと、失敗を繰り返してきました。
 だから、自分のブースに来てくださった方には、「荷物、一回机に置いていいですよ」と言いたかったのです。でも、なかなかできない。自分の頒布物が机一面に並んでいるからです。さすがに「その上に置いてください」とは言えない。結局、「その辺の隙間なら……」と曖昧なおすすめになっていたのです。
 でも今回は、スペースに余裕があります。がら空きです。やった! 布を敷こうかとも思ったのですが、せっかくなのでチャート付のお品書きを大きく印刷して貼りました。
 これで何でも置き放題です。「置いていいですよ」というお声がけもためらわずにできました。財布やスタンプラリーの台紙を取り出す間に他の手荷物を置いていただいたり、お買い物代行サービスの方に購入物の整理をしていただいたり、狙い通り使っていただけて嬉しかったです。本当は、より遠慮なく使ってもらうためには、お品書きも布もなしで机むきだしの方が良かったかもしれませんが。
 でも、このお品書き、やってみると他にも良かったことがありまして……、

2. 自ブースの範囲がわかりやすい!

 机に貼り付けたお品書きは、A4用紙を縦置きに四枚つなぎ合わせたものです。A4用紙のサイズは210mm×294mm。ということは、このお品書きの幅は、210×4=840mm。実際は用紙が重なっているところもあるので、84cm以下となります。
 前述の通り、今回のブース幅は90cmです。一脚の机をお隣さんと半分ずつ使うわけですが、明確にラインが引いてあるわけではありません。このお品書きを机の端から貼ることにより、約84cmの幅がはっきりわかります。これを目安にすれば、自分に与えられた幅をはみ出すことはまずありません。
 もちろんいつもだって、敷布などでわかりやすく分けるので問題ないのですが、このお品書きのいいところは、誰が見ても大体の幅がわかるところです。布の大きさはまちまちですが、A4用紙は常に、誰のものでも同じサイズです。
 ――要は、「このブース、周りのお邪魔になっていないかな? はみ出しているように見えないかな?」とびくびくしてしまう自分の小心が解消されるという、それだけの話なのでした。

3. チャートを見て本を手に取っていただけた!

 おまけみたいになってしまいましたが、これも本当に嬉しかったことの一つです。大きなお品書きを作るなら、本の紹介だけでなく、一種のナビゲーションを載せたいと思いました。かなり真剣に制作しましたが、あくまで感覚に頼ったもので、論理的・心理学的な根拠は全くなかったのですが……。

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 企画などでたまたま立ち寄ってくださった方に、しばらく足を止めていただくきっかけになりました。軽い話の種になったのもよかったです。実際に「チャートで辿り着いたので、じゃあ、この本ください」という方が数名いらっしゃったのは、望外の喜びでした。

4. おつり皿は便利

 ブースに奥行があると、お金のやり取りが大変ではないかと心配になり、100円均一でコイントレー(おつり皿)を用意しておきました。これをブースの真ん中に置いておく作戦です。
 これは大変うまくいきました。実際のところ、本をお買い上げいただく際には自然と立ち上がることになったので、腕をいっぱいに伸ばしてお金を渡すというようなことにはなりませんでした。でも、コイントレーがあることにより、単純に「あれ、もうお金払ってもらったんだっけ?」「さっきの小銭、どこに置いたっけ?」というようなうっかりミスを防げるようになりました。手渡しで十分だと思っていたのですが、道具には理由があるもの、今後は活用します。

5. 手荷物置場のために不便になったことも

 手荷物置場にするスペースを設けたことで、しまったと思うことも一点ありました。自由に取ってもらって構わない無料配布物も、奥まったところに置くことになったのです。訪れた方の一部は、取りにくそうな様子だったり、勝手に取っていいものか迷ったりしていらっしゃるようでした。
 自分が在席していればお声がけのきっかけにもなって、却って良かったと言えなくもないのですが。でも、もっと気軽にもらっていただきたかったので、無料配布物だけは机の際に配置しても良かったかもしれないと思いました。

※おまけ ブースの裏側

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 ブースを反対側から見たところです。卓上見本誌を置いた什器(牛乳パックとガムテープで手作りしました。最大の欠点はかさばること)の後ろにメモを貼りました。特にイベント序盤、「企画? 何のことですか?」という方が大勢いらっしゃったので、これはご案内が必要だと思い、急遽右上のメモを作りました。これについては、次の記事でも少し触れることになると思います。

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 あっち!

Text-Revolutions第2回に出展します 【C-34】ナタリー

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【イベント概要】
Text-Revolutions 第2回
日時: 2015年10月10日(土) 11:00-16:00  (開催まで残り2日です)
会場: 都立産業貿易センター台東館
入場料: 無料

【サークル概要】
サークル名: ナタリー
カテゴリ: 純文学
代表者名: わたりさえこ (ときどき合同誌も作りますが、基本的には個人サークルです)
ブースNo: C-34

【当日企画への参加について】
●無料配布スタンプラリー(ラリー台紙配布はD-14
 ……フリーペーパー「セロジネ」をブースに置きます。ご自由にお持ちください。ラリー参加者の方にはスタンプを押します。
●300字SSポストカードラリー(ラリー台紙配布はC-01
 ……無料ポストカード「読まれることを」をブースに置きます。ご自由にお持ちください。くじを引かれる方は、ポストカードを集めてC-01ブースへ。
●鳥散歩(マップ配布はB-01
 ……当日頒布物のうち、鳥にまつわる作品をピックアップした見本誌をブースに置きます。また、マップをお持ちになった方には、鳥小説カードを差し上げます。

【当日頒布物について】
>>ナタリー(C-34)のWebカタログ(イベント公式)
>>ナタリーのテキレボ2特設サイト
本の詳細については、上記のリンク先に詳しいのでご覧ください。
なお、今回は新刊がありません。いつも見てくださる方には物足りなくてすみません。新しい作品は、上記の無料頒布物と、テキレボ公式アンソロに収録した小説「ご冗談でしょう、ラインズマンさん」です。

割とぶっちゃけた感じの内容紹介は続きから。

●投げたボールは戻ってくる
 小説再録集。137編収録。とは言え100編以上は140字程度のTwitter小説。それでも文庫本300ページ越えで内容充実。
 この本が一番の自信作です、とおすすめしたい。ただ900円とお高めなので推しにくい……というのが本音。お値段を気にされない方には、これ1冊選んでおけば間違いありません、という紹介の仕方をさせてください。

●吾が子踊る
 小説と詩の作品集。印刷会社さんに装丁おまかせプランで刷ってもらった本。ベルベットPPが作品の質感にも合っていて、ぜひ手に取って見てもらいたい1冊(2冊組だけど)。
 作り方の話になるが、ページは文字ではなく絵として組んでいる(今回の「セロジネ」も同じ作り方をしている)。わたりの本では恒例の巻頭言引用も、今回は特にお気に入り。
 このように本文以外の面で何かとイレギュラーな作品。作品はやや内向き、後ろ向き。立ち読みの際は、詩歌編の方をぱらぱら見てもらって、もし気に入っていただけたなら小説編の方も肌に合うのでは……と期待を込めて。

●劇団パピヨンの軌跡と顛末
 エンタメ系、痛快娯楽活劇、というような宣伝の仕方をしたけども、誤解を生む文句だったかもしれない。はちゃめちゃで楽しい、という感じではない。他の本でないがしろにしがちな「キャラクター」というものを重視した小説とでも言うか。
 意識していないのに常々作品に入ってくるテーマというものが誰しもあって、で、わたりの場合は「家」がその1つだろうと思うわけで、この話は特にその要素が強い。兄弟、夫婦、親子。あと、恋人や友人も。
 テキレボ公式アンソロに「ご冗談でしょう、ラインズマンさん」という小説を載せてもらったが、これを気に入った人には『劇団パピヨンの軌跡と顛末』もおもしろがってもらえそうだ。特に後編にあたる『‐顛末』の方が。

●安全シールをはがしましたか?
 『投げたボールは戻ってくる』はお値段高めでおすすめしにくい……ということで、代わりと言っては何だけど、『安全シールをはがしましたか?』なら500円。この2冊がわたりのスタンダードな短編集で、まず読んでほしいという意味ではおすすめ。
 「クライ、サイレンス」という小説は2011年の震災のときの話で、今でもしばしば思い出しては、これはこういう書き方でよかったかと考える。意図的な嘘がいくつかあって、特にラスト。小説としてのまとまりを優先してここで終わらせたけれど、本当はこの後こそ大変だった。震災文学と呼ばれるものは、今もこれからも生まれていくだろうけれど、私のことを書けるのは私しかいないんだよな、という思いで書いた話。つらかった、という話ではない。むしろ、私はたまたま地震に遭わなかった、という話。

●ただ、いっさいは過ぎてゆく
 太宰本。「太宰治」と聞いて引っ掛かりを覚えた人に読んでほしい。合同誌。対談とエッセイ。
 太宰について何か言いたい人は多いと思う。一家言あるという意味ではない。何だか、太宰の名を聞くと、それに対する自分の立場を表明しなければ、という思いになるのだ。本を読む人は、特にそうではないだろうか。
 100円の小さな本だが、おもしろいと思う。なお、残部僅かであり、今回のテキレボで最終販売とする予定だ。お求め忘れのないように。

●ラッキーバッグ(本の詰め合わせセット)
 通常販売を終了した同人誌4冊に、ランダムで過去に無料配布したペーパー類を詰め合わせたセット。封筒入りで100円。自分で言うことではないが破格だと思う。
 意図が2つある。1つは価格帯。わたり個人の小説本は、現在900円か500円のものばかりである。初めての方におためしで、と呼びかけるには高いと思われる気がした。100円の商品を用意したい、という思いで本を袋に詰めてみた。つまり価格ありきのセットである。
 もう1つ。露骨な言い方をすれば在庫放出と言うか、ガレッジセールをするような思いがある。ただ、このセットには比較的新しい本も複数含まれている。『劇団パピヨンの軌跡と顛末』や『安全シールをはがしましたか?』より後に出たものだ。
 それらの本は、何回かイベントに出て徐々に売るつもりで刷っていた。ところが、都合が合わずイベントに出る機会がほとんどなくなってしまった。そうなると今度は、気持ちとしては新しい本を出したい。別に前の本を長く売ったって一向に構わないはずなのだが、前がつっかえているという状況が気に食わない。そこで、厚めの本は通販に託し(架空ストアさんにお願いしています)比較的薄い本は一気に出してしまい、空きを作ろうと思ったのだ。何も物置を圧迫するほどの在庫を抱えているわけではない。空きを作りたいのは気持ちの方である。

 こんな感じである。何だかもっとあけすけな話をしたいという思いはある。ここに書き足すかもしれない。別に書き足さなかったとしても、わたりはこれらの本を抱えて、今度の土曜日、浅草で椅子に座っている。

----2015.10.9追記----

●セロジネ(フリーペーパー・無料配布スタンプラリー参加作品)
 クラフト紙。A5サイズ4ページと言うか、A4二つ折りと言うか。テキストの祭典にふさわしく、文字ばっかり。
 読切小説がメインで、俳句が少しと、ぼそぼそエッセイ。昨冬に書いた文章が多い。小説は、幻覚を写し取るイメージで書いたもの。おぼつかない文体。
 たくさん刷ってしまったので、どんどんもらってほしい。

●読まれることを(無料ポストカード・300SSポストカードラリー参加作品)
 タイトルはWebカタログ登録上の便宜的なもの。読まれることを意識する、ことについての違和感と抵抗。たいへん不親切なつくりだけど、隙はある。ここだけのヒントとして言えば、300字の文章が2編載っている。
 これもたくさん刷ってしまった。ご自由にどうぞ。

●鳥小説カード(鳥散歩マップをお持ちの方への特典)
 円いカード。『投げたボールは戻ってくる』に掲載した「白鷺」という140字小説をデザインしたもの。鳥散歩マップ(B-01で配布)をお持ちの方に差し上げます。
 サークルカッターを買ったので使ってみたかったのが制作の動機の一つ。
 上記2種に比べると用意は少なめ。品切れの際はご容赦。

別になくてもいいが、

 「小説は、別になくてもいいが、あれば人生が豊かになる」という言説がある。私だったらそんな言い方はしないし、ニュアンスに違和感もあるが、一つのわかりやすい表現だとは思う。

 ところで、前の記事で書いた通り、銅の玉子焼き器を買った。
 今のところ、使い勝手はとてもいい。心配していた手入れも、何とかなっている。
 本当は使い終わりに油を塗ると良いらしいが、それは省いてしまっている。洗剤を使わずに水とスポンジで汚れを落としたあと、ガス火にかけて水気を飛ばし、そのまま置いておく。
 朝、弁当を作るとき、まず最初に玉子焼き器に多めの油をひいて弱火で熱しておく。その間に、卵を溶いて味付けをする。余分な油を拭き取って、卵液を流し込む。
 文章にすると長く見えるが、普通の玉子焼き器を使うときと比べて、油を多く使うくらいで、手間はさほど変わらない。
 何より出来がいい。卵一個分で、弁当に入れるのにちょうどいい大きさの玉子焼きができる。巻くときにちょっともたもたしても、いい焼き色がついてくれる。
 特に、だし巻き卵がうまくできるようになった。焼けてからバットの上で冷ますのだが、前は玉子焼きからだしが浸み出してしまっていた。それが、今は全然出てこない。玉子焼きの中に閉じ込められている感じだ。思い入れのせいかもしれないが、味も前よりおいしく感じる。

 銅の玉子焼き器も、「別になくてもいいが、あれば人生が豊かになる」と言われる類のものだろう。それ一つないからといって、料理ができないということはない。
 よって、小説と銅の玉子焼き器は、同じカテゴリのものだ。

 ある小説――私が自分で書いたものでも、他の誰かが書いたものでも――を一つ、想定してみる。
 もし、私が同じだけの情熱と真剣さをもって、ある小説と銅の玉子焼き器を宣伝したとする。会う人ごとに「あれ、いいよ」と言いふらす。ブログに記事を書く。ツイッターでもこまめに呟く。
 そうしたら、私はきっと、銅の玉子焼き器の方をよりたくさん売ることができるだろうな、という気がしてならないのだ。

 小説の宣伝をするたびに、「こんなやり方でいいのかな」と戸惑う。どうもうまくできている気がしない。何を言えばいいのか困ってしまって、「読んでみてください」のバリエーションを並べるだけになる。
 銅の玉子焼き器の宣伝をするなら、そこまで悩まない。第一、小説をおすすめしようとするときに比べて、文言がすらすらと浮かんでくるのだ。
 小説と銅の玉子焼き器を一緒にするなって? いやいや、その二つは似たようなものであるはずだ。「別になくてもいいが、あれば人生が豊かになる」。ねえ、そうでしょう。

銅の卵焼き器を使うということは

 数日迷っていたが、迷い続けるのも好きではないので、思い切って銅の卵焼き器を購入した。
 前の卵焼き器は、テフロン加工が施されていたが、二年ほどでそれが剥がれてしまい、使い物にならなくなっていた。しばらく小径のフライパンで代用していたものの、やはり専用のものが欲しくなった。近くの店で探してみたところ、安いのは良いが今一つピンと来ないものか、やけに高いものしか見当たらなかった。そこで、どうせお金を出すなら……と考えたわけである。
 安いものなら七百円や四百円で十分買えることを思えば、銅の卵焼き器を求めるのは贅沢かもしれない。だが、私が買ったものの値段は二千八百円ほどだ。めったやたらに高いというほどでもない(一万円近くする製品もある)。
 購入を躊躇していたのは、銅製品の手入れができるか心配だったからだ。油をなじませるとか、できた料理を放置しないとか、そういう単純な決まり事の一つ一つを守り続けられるだろうか。自信はない。毎日使うことが手入れになると思って、気楽に、長く使っていければ良いと思う。

 良いものを長く使う、という考え方がある。直せばまだ使える。もったいない。そう言われると、そうした方がいいような気がする。より豊かな生活をしているような気分にもなれる。
 そうして私の周りには、修理の余地がありそうな壊れかけたものが残った。汚れているが捨てがたいものが溜まった。「直せ」「きれいにしろ」「まだ使える」のプレッシャーが、積み重ねられた物々から発せられて、私は自分の居室にいることが苦しかった。
 あるとき――それはある程度自分の自由な裁量でお金を使えるようになった時期と一致していた――気付いた。使い捨てれば良いのだ。古いものを直さなくても、新しいものを買えば良いのだ。
 私はそうした。すると、ずいぶん楽になった。直さなくてはならない、修理に出さなければならないという思いが、こんなにも辛いものだったのかと驚いた。それに比べて、捨てることは実に簡単で、後には何の暗い感情も残らなかった。
 私は捨てる。物を買うときも、短いスパンで考える。駄目になったら捨てればいい。それなのに、銅の卵焼き器を買ってしまった。さて、どうなるだろう? 少なくとも、私は卵焼き器のために苦しむ人生はもうまっぴらだし、卵焼き器だってそんな言いがかりをつけられたらたまったものじゃないだろうな。

あとまえ(28) 『投げたボールは戻ってくる』

 何しろ「売れて売れて仕方がないから再版しよう」というような話ではないし、この本を作らなくていい理由なら箇条書きで並べることさえできるのだが、いろんな事情がたまたま合って『投げたボールは戻ってくる』という本は日の目を見た。結果的に、再録集を出すにはいい時期だったと思うし、表紙も意中の人に描いてもらえたし、私は過去の作品を整理するという目的を果たせたし、ほっとしている。

 文学フリマ金沢の委託コーナーでお求めいただいた皆様、ありがとうございました*1
 架空ストアで本日より通販を開始しております。これもまた素敵なタイミングの一致ですが、架空ストアでお買い物をするともらえるフリーペーパー「架空非行」の第9号に、私の掌編を載せていただいております。テーマは「桜の森の満開の下」。4月中のご注文で受け取れる(はずです)ので、ぜひ。もちろん、ペーパーは架空ストアの他の商品をお求めになってももらえますし、『投げたボールは戻ってくる』は5月以降も販売します。

store.retro-biz.com

*1:この記事を書いている時点で売り上げはわからないので、もしかしたら「皆様」は1人もいないかもしれない。

あとまえ(27) 「町長選挙」

 象印*1発行のアンソロジー『ぼくたちのみたそらはきっとつながっている』に、小説を載せていただきました。
 世界観を同じくする、様々な空想のまちが集まった本です。
 4/19(日)開催のイベント・本の杜7で発売となるようです。詳しいご案内は、主宰のくまっこさんによるブログ記事をご覧ください。
 くまっこにっき。 |空想のまちアンソロジー 発行のおしらせ。

 くまっこさんの御本を何冊か持っています。凝っていたり、かわいい見た目だったり、本文の組み方がとても読みやすかったりと、どこをとっても丁寧に作られています。そして表紙のイラストや、アンソロジーならそれぞれの著者の作品が、大切に扱われているのが伝わってきます。
 私が今回この本に参加したのは、有り体に言ってしまえば、自分の書いたものをくまっこさんに大切に扱ってほしかったからです。

 私の寄稿した小説は「町長選挙」といいます。舞台は湯町。どちらのネーミングも直球なので、詳しい内容は想像していただいて、あとは読んでのお楽しみ。

 ここからは雑談です。書かなかったものの話をあまりするものじゃないかもしれませんが、これも〈空想のまち〉ということでご容赦いただいて、町の没案をいくつか。
 最初に考えたのは、殺陣町。日光江戸村のような光景が広がる、書き割りでできた町。
 それから、建町。建築家や都市デザイナーを多く輩出し、その豊富な人材ゆえ完璧な都市計画を進行中の町という設定ですが、実は「たちまち」と読ませたいだけの駄洒落。
 さらに、待町。人捜しをしている人が集まってくる町で、大きな警察組織やいくつもの探偵事務所があるのが特徴。これも「まちまち」と読ませたいだけの駄洒落。
 どうしてこれらの町を没にしたかというと、一番は湯町*2の話がすんなりできたからなのですが、他にも理由があります。
 この本の世界観では、町を越える人の出入りに関して、特別な制限がかかっています。今、何気なく書いた「輩出」や「集まってくる」という言葉一つとっても、慎重に扱わなくてはならなかったのです。
 町を中心に話を組み立てるのに、外との出入りには制限がある。これは、書いてみると予想以上に厳しい条件でした。町の人々がどのように生活しているのかを考えていくと、この条件が立ちはだかる。特に、経済活動というのは物流――何らかの流れがあってこそのものなのだなぁと痛感しました*3
 さて、他の町はどんなところなのでしょうか。どういう人達がいて、何が起こっているのでしょうか。本を読むのが楽しみです。何しろ私は、閉じられた湯町のことしか知らないのですから*4

*1:私はどうしても「しょういんしゃ」と読んでしまうのですが、たぶん「ぞうじるししゃ」さんです。

*2:この名称も元々は出落ちのつもりで考えました。

*3:大げさな言い方ですが、普段はこういう舞台設定をあまり煮詰めず書いているので、ことさら難しく感じたのかもしれません。

*4:嘘をつきました。くまっこさんの『ゆきのふるまち』は読んだので、雪町と木町のことはちょっとだけ知っています。魅力的な登場人物達の生活、ひいては人生が垣間見えて、切なくなるお話でした。記事の締め方としてちょうどいいので、文章はこのままにさせてください。