飛び降りていないことの証明

つつがなく世渡りさえこなせれば

誰よりも強く、格好良く、頼りになる

普段は怠け者で人に迷惑ばかりかけているが、
いざという時は誰よりも強く、格好良く、頼りになる
――という設定のヒーローが好きになれなかった。
それでは、いつも真面目で誠実だけど、
緊急時にはあたふたするばかりで役に立たないような人が
あまりにも不憫ではないか、と考えてしまうからだ。
最近は、そういうヒーローがいてもいいか、と思うようになった。
それは「いざという時」が続けざまに起こる作り物の世界でのみ、
ヒーローでいられる存在だろうから。
日常の連続するいつもの世界では、彼がヒーローになる機会は
めったなことでは与えられないだろうから。

『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』というエッセイ集がある。
私はこの本が好きだ。何度も読んでしまう。
読むたびに、特別に文章がうまいとも構成が巧みだとも思えないのに、
どうしてこんなにおもしろいのだろうかと首を傾げる。
学校の授業でその理由を説明しなければならないとしたら、
「題材が豊富で優れているから」くらいしか言えることがないのだけど、
どうもそれ以外にも魅力の理由があるような気がしてならない。

そつのない、隙のない、欠点のないものが良い、とずっと考えているし、
それに対して「頭が固いね」と言われ続けている。
欠けたところのあるものは絶対に駄目だ、とは決して思わないのに、
隙のあるものを口に出して認めてしまっては、おしまいな気がするのだ。

猫が語る哲学書がある。
猫にしか語れないことが――人が語っては都合の悪いことが、
どうにもいろいろあるらしい。