飛び降りていないことの証明

つつがなく世渡りさえこなせれば

(創作・掌編)はい、どこにでも行けるドア。

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はい、どこにでも行けるドア。

 隣の席に初恋の人、草太が座っている。偶然だが、同窓会の場なので相当起こりやすい偶然ではあった。それでも美弥は緊張した。
 草太は子供の頃のように、常に話の中心に加わり、皆を賑やかに盛り上げていた。美弥も子供の頃のように、いるのかいないのか分からないくらい控えめに、誰にも敵意がないことを示す程度の微笑みを浮かべて静かにしていた。
「草太はまだトラックの運転手やってんの? 今日はよく来られたな」
「働き方のことでいろいろ問題になったから、休みはだいぶ取りやすくなったよ。でも一旦出勤するとやっぱきついな。長時間労働になるし、体力的にも、あと何年できるのやら」
「アニメで、どこにでも行けるドアってあったじゃん。あれができれば、配達の人は楽になるんじゃないの」
「冗談じゃないよ。あんなドアが普及したら、俺らの業界はみんな職を失うね。未来の発明家を今のうちに見つけ出して、始末しておきたいくらいだ」
 草太は大げさに手を広げ、その指先が美弥の肩に当たる。美弥は自分の脈拍の速さが悟られないことを祈った。
「じゃあ草太一人だけが使えるなら?」
「それはいいな。たちまち大金持ちだ」
 しばらく男同士の軽口が続いていたが、急に草太が美弥のほうに向き直った。記憶にあるままのやんちゃな笑い顔と、昔よりさらに優しくなったように見える目。
「美弥ちゃんは? 今、何してるの?」
 美弥はおずおず「科学関係の仕事を……」と答えた。「美弥ちゃん、昔から頭良かったもんね。ああ、そういえば小四の頃にさ」と草太は他の同窓生にも声をかけ、周囲の皆が話に混ざれるよう振る舞った。
 グラスに口を付けて、そのまま自然に見えるよう顔を伏せる。美弥は頭の中がぐるぐる回るのを感じていた。それは酔いのせいだけではなかった。
          *
 翌日、美弥は研究所に出勤した。早朝のことで、周りに他の所員はいなかった。
 いつもどおりコンピュータを立ち上げる。彼女は最高権限を持つ管理者のパスワードを使えるので、セキュリティの奥までどんどん入っていく。
 キーボードを叩いて辿り着いた先には、彼女が中心となって開発中の、どこにでも行けるドアに関する全てのデータがあった。
 美弥は選択を迫られている。

         〈了〉