飛び降りていないことの証明

つつがなく世渡りさえこなせれば

うかうかセンチメンタルジャーニー

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台風19号が通り過ぎた翌週のことである。
Tさんと駅で待ち合わせた。ところが時間が近づいても来ない。
連絡をすると、どうも位置の話が噛み合わない。私の伝え方が悪くて、それぞれ異なる駅で待っていたのだった。来てくれるというので留まった。

めでたく落ち合い、街へと繰り出す。人の多さで動きづらい。
流れに乗って歩きながら、私はこのところポンコツで、いや私のほうもダメダメで、などと話をしていると、有名な観光地の真ん中に着いていた。
どうか頭が良くなりますようにと祈りながら線香の煙を浴び、凶以外はお持ち帰りくださいというおみくじを引いた。
二人で粛々とおみくじを所定の位置に結び、人を避けてその場を離れた。

ちょうど目の前にあったのが、本来なら前週に来るはずだった建物だ。
せっかくだからと中に入り、せっかくだからとエレベーターに乗った。
気になる展示もあったが、入場料の額に尻込みしてUターンした。私はこういうとき、とっさに思い切るのが苦手だ。事前に調べていたらきっと入っていたね、と二人で言い合った。

駅方面に戻る道を行く。メロンパンの匂いが外まで流れてくるお店があり、いつも気になっていた。
これもせっかくなので購入し、店内に座る。ジャンボサイズだが軽い。とは言え一度に全部は食べられないかな、と言っている間に全部食べていた。
グレーのペンでうっすら書いていたtodoリストに、赤でチェックを付けた感じがする。

そして、これも前週に来る予定だったバーに入る。
レジでチケットを購入して、席で待つシステムに戸惑う。追加注文のときも、しっかりもう一度戸惑った。
電気ブランソーダというのは甘いものなのだな。鶏の唐揚げと組み合わせると目が閉じる美味しさだ。続けて「デンキブラン」と表記された割っていないものも飲んでしまった。これも良い味だったが、最後は氷で少し薄めて喉に流し込んだ。

そういえばと、Tさんに完成した本を差し上げる。これでようやく、自分以外の人の手に本が渡ったことになる。
こういうことになるとは、二週間前には想像していなかった。思いがけないこと、どうしようもないことが起こる。
そのおかげで、いつも気になりながら機会を逸していたことができた。煙を浴びてメロンパンを食べてデンキブランを飲めた。だから、これはこれでまあ良かったのかな。
――いや、やっぱり良くはないな。

それから長くいられる場所に移動して、長く話した。そろそろ解散というときにメールをチェックしたら、通販の在庫準備ができたというお知らせが届いていた。
あの台風の日から無為に山積みされていた本たちが、いよいよ運ばれていく。運ばれていったらいいな、という話だが、少しでもそうなるようにやることはやりましょうと二人で話した。
旅に出なさい。どこかに行きなさい。私のところにいてはいつか燃やされてしまうよ。どうせ燃やされるなら離れた場所に向かいなさい。別れることはリスクの分散です。「まだ存在しているかい」と尋ねられたときに、どこかから「いるよ」と返事をする者が在ることを望む。このときはまだ飛び降りていなかったことの証明として。


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