飛び降りていないことの証明

つつがなく世渡りさえこなせれば

ここからではもうどうにもできない

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私がある建物の高層階にいたときのことである。

外から甲高い叫び声が聞こえる。
窓から見ると、幼児が1人、下り坂を走り下りている。その後ろから、もっと小さな子供の手を引いた大人が1人、「止まって、止まって」と大声を出しながら追いかけてくる。
幼児が走っていく先には、丁字路があり、車が時折横切っていく。
幼児は幼児で、何があったのか、泣きながら走っている。大人が追いかけるので、逃げているような印象だ。
また、大人は連れの子供がいるので、そもそもあまり速くは走れない。その子供を置いていくわけにもいかない。

私は離れた建物の高層階にいる。
どうにもできない。
どうにもできないのに、状況だけはよく見える。
幼児と大人との距離が一向に縮まらない様子。大人が追いかけるほど幼児が逃げる様子。丁字路を時々走り抜けていく車。
そしてこれを助けられそうな歩行者は付近に1人もいない。

ただ、大人が声を枯らして「止まって」と叫び続けたおかげだろう、付近をぽつぽつと走る車は、軒並み減速していた。
恐らく、周辺を見ながら、注意深く運転してくれたのだろう。
そして、結果的には幼児は丁字路の手前で足を止めた。
車を警戒したのか、大人の声がようやく耳に入ったのか、それは分からない。

大人は幼児に追いついた。
そして「危ない」「絶対に離れないで」「怒ってはいないから」という内容で、幼児を叱った。
その辺りで、私は窓のそばから去った。

これがどこにでもありそうな日常の風景であるということに無力感を思い知らされてしばらくぼんやりしてしまった。