飛び降りていないことの証明

つつがなく世渡りさえこなせれば

電子書籍(EPUBファイル)の公開をはじめました

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小説の同人誌を電子書籍化しました。無料です。

創作文芸サークル「ナタリーの家」のWebサイトで、電子書籍EPUBファイル)の公開を本日よりはじめました。
無料でダウンロードして、スマホタブレット、パソコンなどでお読みいただけます。

まずは、アーカイブを残す目的で。

本日公開したのは、短編小説集の『ネームプレートテクトニクス』です。
これは、過去に発行した『ネームプレートテクトニクス』(2012年)と『あしたのくぐる』(2016年)という2冊の同人誌を、改稿・再編集の上で電子書籍化したものです。
今後も、既に頒布を終了した同人誌を、電子書籍化することで再公開していく予定です。
なお、オープンにしておくことが一種のコピーガードとなるという考え方を、個人的には多少持っています。

新刊も出るかもしれない。出ないかも、しれない。

新しい同人誌を、電子書籍で出すこともあるかもしれません。
電子書籍で出したものを、後になってから紙の本にする可能性もあります。

あれもこれも、まだこれから。

サイトは現在レスポンシブデザインに対応しておらず、画面の小さなスマホなどでは見づらい部分があるかと思います。
電子書籍そのものも、環境によってうまく閲覧できないかもしれません。そして、それらについてご質問いただいても、私のほうで十分に対応することは難しいです。
読んでみようと思っていただいた方にご不便をおかけするのは、誠に恐縮ですが、何とぞご容赦ください。
勉強しながら、何とか少しずつ、良い形を探っていきたいと考えています。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
noie.nomaki.jp

2020/12/26(土)~2021/3/21(日)同人誌の通販型イベントにサークル参加します 【稲取-27】ナタリーの家 ※4/1追記

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新刊『こぼしてもこぼしても』発行中止のお知らせ(2021/4/1)

平素は格別のお引き立てをいただき誠にありがとうございます。
テキレボEX2の新刊として予告しておりました小説集『こぼしてもこぼしても』につきまして、発行中止のお知らせとお詫びをさせていただきます。
理由は、作者(わたり)が予告に沿った原稿を完成させることができなかったためです。弁解のしようもございません。
既にご注文いただいた皆様、イベント準備会の皆様、またブログでの公開をお待ちいただいた皆様に、深くお詫び申し上げます。大変申し訳ありません。
●『こぼしてもこぼしても』につきましては、テキレボEX2のルールに従い「アイテム欠品・払い戻し」として手続きを行います。ご注文いただきました皆様には、重ねてお詫び申し上げます。
●『こぼしてもこぼしても』以外の頒布物は、新刊『あまりにも心細い小説書きのためのハンドブック』も含めて、全て予定どおり発送いたします。
●『こぼしてもこぼしても』については、今後改めて発行する予定もございません。なお、未完の原稿をブログにて全文公開しております。🔗
この度は誠に申し訳ありません。
2021年4月1日 ナタリーの家 わたりさえこ

イベント概要

Text-Revolutions Extra2(テキレボEX2) │ 2020/12/26(土)~2021/3/21(日) │ 全通販型即売会

サークル概要

ナタリーの家 │ 現代 │ 稲取-27

頒布物

[新刊]あまりにも心細い小説書きのためのハンドブック(実用│文庫判│24P│2020/12/26発行│200円)
[新刊]こぼしてもこぼしても(連作掌編小説集│文庫判│P数未定│2021/4/1発行│300円)
●飛び降りていないことの証明(短編小説集│A5判│72P│2019/10/12発行│500円)
●見えない聞こえない曲がりにくい(小説集+メイキング(合同誌)│A5判│74P│2017/11/23発行│800円)
●投げたボールは戻ってくる(短編・掌編小説集│文庫判│304P│2015/4/19発行│900円)

「こぼしてもこぼしても」全文公開(未完)

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『こぼしてもこぼしても』は、文芸同人誌通販型イベント「テキレボEX2」の新刊小説本となる予定でしたが、完成させることができず、欠品とさせていただくことにいたしました。また、今後改めて発行する予定もございません。詳しくは、恐れ入りますが、別記事をご参照ください。🔗
既にご注文いただいた皆様、イベント準備会の皆様、またブログでの公開をお待ちいただいた皆様に、深くお詫び申し上げます。
本来、未完の文章は表に出すべきではありませんが、新刊が出る場合でもブログにて全文公開すると予告しておりましたため、ここに掲載いたします。以下の「続きを読む」よりお読みいただくことが可能です。
この記事の内容は、予告なく修正・変更・削除することがあります。また、この作品はフィクションです。
2021年4月1日 ナタリーの家 わたりさえこ

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ざるは便利

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米を研ぐのにざるを使わないのかと言われて、使ってみたら米粒がこぼれないので、とても便利だった。

ざるとボウルを重ねて、切ったじゃがいもを水にさらしておいたら、ざるを持ち上げるだけで水が切れて、とても便利だった。

100円ショップで小さいざるとボウルのセットを4つ買った。ラウンド型が2つ、スクエア型が2つ。
冷蔵庫の野菜室に置いて、使いかけの野菜などを入れておくことにしたら、忘れづらく、必ずしもざるでなければいけないということはないが、とても便利だった。

本の注文を取るだけ取ってブログの更新をやめるのも妙かと思い、何か書こうと決めて、書いた。
ざるは便利。

無を売る

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まだ完成していない本を売ろうとしている。
完成していません、完成していません、と連呼することで、うそつきの肩書きから逃れようとさえしている。
自分が正直者であるというアピールなんて、ゲーム上の人狼だってやることだ。

本を出すことでしか最終的には解決しない。

以前1度だけ参加した人狼ゲームで、最終日に確定村人1人と初心者2人(初心者同士だったことは後から分かった)が残ったことがある。
初心者2人のどちらが、確定村人に投票されるかで、勝敗が決まる。2人はそれぞれ身の潔白を訴えた。
ゲーム終了後の振り返りで「あそこは大抵、相手の黒要素を追及する場面なんだけど、2人とも自分の白を主張していて、とてもピュアだった」という感想が出ていた。
楽しいゲームだった。

ただ、私は自分が真に村人であると信じてもらうことに失敗し、勝利は人狼側のものになった。

活動証明のために3/21までは毎日ブログの記事を出そう、と決めた日がついに来たので、明日は更新がないかもしれません。
作業は続けます。本当だってば。

ここからではもうどうにもできない

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私がある建物の高層階にいたときのことである。

外から甲高い叫び声が聞こえる。
窓から見ると、幼児が1人、下り坂を走り下りている。その後ろから、もっと小さな子供の手を引いた大人が1人、「止まって、止まって」と大声を出しながら追いかけてくる。
幼児が走っていく先には、丁字路があり、車が時折横切っていく。
幼児は幼児で、何があったのか、泣きながら走っている。大人が追いかけるので、逃げているような印象だ。
また、大人は連れの子供がいるので、そもそもあまり速くは走れない。その子供を置いていくわけにもいかない。

私は離れた建物の高層階にいる。
どうにもできない。
どうにもできないのに、状況だけはよく見える。
幼児と大人との距離が一向に縮まらない様子。大人が追いかけるほど幼児が逃げる様子。丁字路を時々走り抜けていく車。
そしてこれを助けられそうな歩行者は付近に1人もいない。

ただ、大人が声を枯らして「止まって」と叫び続けたおかげだろう、付近をぽつぽつと走る車は、軒並み減速していた。
恐らく、周辺を見ながら、注意深く運転してくれたのだろう。
そして、結果的には幼児は丁字路の手前で足を止めた。
車を警戒したのか、大人の声がようやく耳に入ったのか、それは分からない。

大人は幼児に追いついた。
そして「危ない」「絶対に離れないで」「怒ってはいないから」という内容で、幼児を叱った。
その辺りで、私は窓のそばから去った。

これがどこにでもありそうな日常の風景であるということに無力感を思い知らされてしばらくぼんやりしてしまった。

数を撃つ、否定しない、いったん全てを受け入れる。

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それから秘密を守ること。

頭の中は自由だ。
そこから何をいつどのような形で表に出すかは、責任を持たないといけないところだから、慎重になる。

複数人で進めるプロジェクトでは、考えが「頭」から「会議」を挟んで「表」に出る。
会議では「いったん自由な発想で、何でも口に出しましょう」と言われることもある。
しかし実際には、会議の場でも、自分の「頭」から出すものは選んでいる。

「会議」では他人と「頭」の一部を共有するが、自分の「頭」ほど親密ではないし信用もできない。

本当に「自由な発想で、何でも」と思うのだったら、せめて秘密は守られないといけない。
どんなにくだらなくてださくてみっともなくても、「頭」の中だけと約束して出したものを、「表」には出さないでほしい。

醜くて愚かな自分が、それでも世の中で何とかやっていこうという、精一杯の小細工が「表現」なのだから。