飛び降りていないことの証明

つつがなく世渡りさえこなせれば

殺しか酒か ――ミステリの道具としてのリュウゼツラン

 宮部みゆき「サボテンの花」*1鮎川哲也「絵のない絵本」*2の内容に触れています。未読の方はご注意ください。作家名等は敬称略とします。

 

 小中学生の頃、ミステリのトリックだけを集めた本を夢中で読んでいた時期がある。その中に、リュウゼツラン(竜舌蘭)を用いた手口を紹介しているものがあった*3。リュウゼツランはテキーラの原料となる植物だが、その繊維には水に濡れると縮む特性があるという。それを利用した絞殺トリックだった。

 当時の自分は今よりもなお乱暴だったから、さっそく自分もそのリュウゼツランを使って、小説を1本ものしてやろうとたくらんだ。ミステリではなく、「恋人からリュウゼツランの鉢をプレゼントされた。どうしてこんな色気のない植物を、と不思議がっていたら、後日それを材料に、自分の好きなテキーラを作ってくれたのだ」という筋の、他愛ない話だった。

 ところが、それを書いたすぐ後に、たまたま宮部みゆきの短編小説「サボテンの花」を読んで、びっくりしてしまった。その話も、「リュウゼツランから酒を作る」ことがキーになっていたのだ。(比較するのも不遜だが)自分の書いたものより、リュウゼツランの使い方も話の筋自体も手が込んでおり、しかも作品が書かれた時期はずっと前だ。中学生の自分は「先を越された!」とほぞを噛んだ。盗人猛々しいとはこのことである。

 

 さて、それから10年以上の月日が経ち、昨晩のことだ。鮎川哲也の「絵のない絵本」を読んでいた私の前に、再びリュウゼツランが現れた。私は驚き、ぞっとした。そこでのリュウゼツランは、「サボテンの花」に出てきたそれのように、(最終的には)主人公をほっとさせるものではまるでなかった。トリック本で読んだ絞殺の手口も恐ろしいものだったが、「絵のない絵本」ではなお惨い使われ方をしていたのだ。

 「絵のない絵本」の初出は1957年の「探偵倶楽部」で、その後複数の作品集に収録されたようだ*4。気になったのは、宮部は「サボテンの花」を書くより先に「絵のない絵本」を読んでいたか? ということである。ミステリ界の巨人・鮎川の作品であるから、読んでいた可能性は十分あると思うが、証拠はない。

 私がおもしろいと思ったのは、リュウゼツランという同じ道具を用いながら、鮎川はそれを陰惨な殺人の道具とし、宮部はそれを心温まるエピソードの中軸に据えているということだ。宮部が「絵のない絵本」を踏まえていたとすれば、「私ならこう使いますよ」という返答と言うか相槌のようにも思えるが、実は意識していようといまいと構わない。リュウゼツランの用い方に、作家のキャラクターが現れているように感じて、興味深いと思ったのだ*5

 

 そうなると、もう1つ気になるのは、トリック本の方である。あの本に収録されたリュウゼツランの話は、何から引かれたものだったのだろうか?*6 私にとってリュウゼツランは馴染み深いものではないが、ミステリに明るい人々からすれば、それは例えば「ドライアイス」のような定番――トリックにおける1つの型なのだろうか? だとすれば、リュウゼツランを用いた話には、他にどのようなものがあるのだろうか?

 何しろ自分は熱心なミステリファンというわけではない。知らないことが多すぎる。詳しい方がいらっしゃったら、ご教授いただければ嬉しい。

 

【追記】(2012.8.15)

 私が昔読んだ「ミステリのトリックだけを集めた本」で、リュウゼツランを利用した仕掛けが紹介されていたのは、藤原宰太郎『推理狂謎の事件簿Part.2』(青春出版社)だった。「絞殺」と記憶していたが、実際には「銃殺」トリックであった。本の中では、そのトリックが誰のどんな作品で使用された(ものを元にしている)かは書かれていない。

 また、知人より「推理ゲームでリュウゼツランを使ったトリックがあった」という話を聞いた。ただ、そのゲームが何かは覚えていないという。「コナンか金田一ではないか」という曖昧な情報のみここに記す。