飛び降りていないことの証明

つつがなく世渡りさえこなせれば

思ふこと言はで止まむ


自分なんてダメだ! とのたうち回っている知人に、ダメじゃない! と本当なら言いたい。
しかし言わない。もがき苦しんでいる最中の人には、どう声を掛けても届かないだろうから。

伊勢物語にこんな歌がある。

思ふこといはでぞただに止みぬべき我とひとしき人しなければ

心で思っても口には出さない。自分と同じ人間なんていないのだから。

伊勢物語全体に通じる「男」のシニカルな態度を踏まえて、「言っても仕方がない、どうせあなたには分からないでしょうから」というニュアンスで捉えてもいいのかもしれない。
ただ、この歌は最終段の直前、辞世の歌の手前に置かれている。もう少しウェッティに、虚しさ、寂しさ、孤独さを加味して解釈してもいいのではないか。

人生の終わりに、言葉では通じ合えないことを確かめる。
その一点によってのみ、我々は通じ合える可能性がある。