飛び降りていないことの証明

つつがなく世渡りさえこなせれば

本に書く。本を折り曲げ、本を切る。

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生理的に受け付けないという人がきっといるだろう。だからはじめに注意書きをしておくと、この先、本に書き込みをしたり、本を切ったりする話をします。

読書の方法にはいつも悩んでいる。ただ読む瞬間を楽しめばいいじゃないかという思いと、読むからには後に残る何かを得ていきたいという思いの、両方がある。
だから、読書法の本も、幾らか読んできている。読書メモの取り方。読んだ本の中身を覚えておくには。速読。熟読。読書会。スクラップ。等々。

そういうものの中に、本に書き込みをするやり方は、何度も紹介されていた。そして試してきた。自分の場合は、学生時代にその方法をよくやった。読書がレポートや発表に直接つながる機会が多かったから、状況と方法の相性は良かったと思う。
色ペンで線を引く。はたまた鉛筆で感想を書き込む。マーキングをする。付箋を使うやり方もあった。
しかし結局は、どれも定着しなかった。それぞれにいいところはあった。ただ、本を読むときに本以外の道具を用意するのが面倒だったのと、読書の流れが何度も途切れることに馴染めなかった。
何年もたって、書き込みをした本を読み返すと、当時の自分の考えが見えて面白い。何だこの書き込みはと赤面する箇所も多いが、それも含めて、少なくとも書き込みをしなかった場合と違う読書体験をできている実感がある。

本を切り、無理矢理分冊にすることもある。背表紙を、力を入れてぐっと折る。カッターの刃を、スッ、スッ、と何度も通し、2冊あるいはそれ以上に分ける。それぞれの背は製本テープで補強する。
学習参考書や問題集に用いることの多かった方法だ。特に、後半に解答がまとめて載せられているものは、分冊にすると便利だった。厚い参考書の扱いにくさに参ったときに、単元の区切りで切り分けて薄くすることもあった。
実用書はともかく、小説でこれをやった覚えはない。もしミステリなどで、序章に人物や建物など全ての設定がまとまっているような構成であれば、分ける理由にはなるかもしれない。現実には、することはないだろう。

繰り返しになるが、本をこのように扱うことが、どうしても受け入れられない人は、一定数いると思う。書いた切ったをする自分でも、こういう本は切れないとか、こんな扱い方はちょっととか、勝手な話だが、場合場合で感じることはある。
最近、実用系の同人誌を、書き込んだり折り曲げたりして使うように、と想定して作った。表紙は薄めの柔らかい紙にしたから、折り曲げて開きっぱなしにしやすいし、丸めて持つこともできる。邪魔なら破り取ってしまってもいいと思う。
いいと思うが、あまりこういうことを言わないほうがいいだろうか、と心配にもなっている。何も、見てくれる人の拒否反応を引き起こしたいわけではない。一方で、思うように、あなたの扱いやすいように、好きにしてくれていいんですよ、と作った者の立場から言っておきたい気持ちもある。
そして少しの後悔がある。あの同人誌は、もっともっと雑に作れば良かった。書き込んでも胸が痛まないように。切り分けても呵責を感じないように。心を込めず、形を整えず、何の愛着も湧かないように仕上げるべきだったのかもしれない。